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玲瓏



読んだ本の紹介や好きな音楽の話など (及川卓也)



Last Build Date: Mon, 08 Jan 2018 10:47:10 +0000

 



シャッフルビート

Mon, 08 Jan 2018 10:47:00 +0000

今朝、スマホを開いたら、アプリが今日が君の誕生日だと知らせてきた。

「はじめまして」
「いや、初めてじゃないんですよ」

これが君との出会いだった。

まだネットが牧歌的だった時代、今なら考えられないかもしれないが、Twitterで呑み会に参加する人を募った。

新宿歌舞伎町にあるShuffle Beatというロックバーで飲み会します。店にあるリクエストブックから自由にリクエスト可能。また、CD持ち込みも可。
  • 費用: 自分が呑むだけ。アル中じゃない限り、5千円から7千円もあれば十分過ぎるほどでしょう。
  • ルール: ロックについて語りながら呑む。仕事の話厳禁。
  • 参加資格: ロックが好きで、参加者の誰かと知り合い(Twitter上の知り合いでもOK)なこと。

今も残るATNDのイベントページには上のように書いてあるが、実際にTwitterでフォローしている・されているだけの人も参加してきた。結構カオスなイベントだった。

そのロック呑み会に参加してくれたのが君だった。初めての出会いだと思っていたのだが、私が話した開発者向けイベントに参加してくれていたらしい。

ロック呑み会はその後も数回開かれたが、全部参加してくれたし、その後、ロック呑み会の仲間数人とこじんまりとした集まりを開くようになった際にも、君は常連メンバーとなって残った。また、技術者向けのイベントや勉強会など、参加するといつも君はいた。そのうちイベント参加時には、ボソボソっと、でも親しげに話しかけてくれる君を探すようになった。


君を含めた呑み会も1年以上開かれなくなり、そろそろまた集まりたいかなと思い始めたころ、君が急死したことを知らされた。

ご両親のいる郷里で葬儀は行われたこともあり、別れの言葉も言えなかったので、最初にロック呑み会を開いたシャッフルビートででもまた集まろうかと思ったのだが、シャッフルビートも無くなっていた。

(image)

そういえば、この店を教えてくれたWさんとも久しく会っていない。彼から教えて貰ってから、何度か一人でも足を運んだ。一時はボトルを入れていた。

オーナーが何人か入れ替わったが、カジュアルさは変わらなかった。ロックバーは気難しい店も多いが、ここはそんなことはまったく無かった。もう1階下にあった系列店ロッキンチェアは一足先に閉店しているから、歌舞伎町で行ける店はもう無くなった。


君の誕生日を知らせてきたアプリを閉じ、Facebookを開いた。ここ最近何も投稿していなかった君のタイムラインはやはり2016年の秋の投稿で終わっていた。



30年前の自分の場所

Wed, 20 Sep 2017 12:15:00 +0000

今日は30年前に自分がいた場所を探して、熊本の山の中をさまよった。



30年前の、ちょうど今と同じ夏の終わりのころ、探査工学の研究室にいた僕は、約1ヶ月間ほど地熱探査のために九州に滞在した。

資源探査にはいくつかの手法があるが、僕が研究していたのは物理探査とも呼ばれるものだ。

物理探査は、弾性波探査(人工的に地震を擬似的に発生させるので地震探査とも呼ばれる)が有名だが、僕の卒論のテーマは電気探査というもので、その中でも比抵抗法(MT)と呼ばれるものだった。

僕が参加した地熱探査は、NEDO(当時は新エネルギー総合開発機構だった)から委託を受けた研究で比抵抗法を使っていた。おそらく1億はしそうな、YHP(当時)のミニコンを積んだ実験車なども使っていた。

僕らは、南小国町か小国町、九重町のどこかの温泉宿を借り切ってベース基地とし、そこから一定距離の観測地との間で比抵抗を計測する。たしか、そんな実験だったと記憶している。

いろいろと面白い経験をした。

車で夜中に光ケーブルを這わせて計測していると、途中でデータが送られてこなくなったときがあった。何かと思い、雨の中ヘッドライトの明かりを頼りに見に行くと、ネズミか何かがかじったのか、ケーブルが切れていた。

またある時などは、一般の村道に車を停車し、ケーブルを這わせていると、警察がやってきた。怪しい連中が変なことをしていると、地元の人が警察に連絡したらしい。当時、熊本に進出していたある新興宗教団体と間違えられたのではないかと思う。

許可を得て入った、ある製紙会社所有の山中で計測をしたこともあった。研究を受託した会社の社員の人と2人だけで、その山で一晩を過ごした。その方と私と別々の車で寝たのだが、人工の光が一切届かない中での一晩は決して居心地の良いものではなかった。静寂が闇を包むという感じなのだが、時折、何かの獣の鳴き声のようなものが聞こえる。AMラジオでキョンキョンのオールナイトニッポンを聞いて、気持ちを紛らわした。

この時は、すでにコンピューター会社への就職が決まっていた。探査関係の仕事に就くという選択肢もあったのだが、それを選ばなかった。探査工学は好きだったが、それを自分の仕事として選ばなかった。にも関わらず、ここで1ヶ月ほど探査の仕事をしている。そんな複雑な経験をしているところだった。

僕の右手の親指と人差し指の付け根あたりは、少し肉が盛り上がって不格好なのだが、これはこの九州滞在時の怪我の跡だ。ベース基地となった温泉宿は牧場に隣接していて、車で宿を出発するときには、飼っている牛が逃げ出さないように設置されている柵を自分で開け閉めする必要があった。ある日、柵に自分の右手を絡めてしまい、血だらけになってしまった。絆創膏で押さえつけて、ごまかしていたのだが、今から考えると、これは縫わなければならないくらいの怪我だったと思う。破傷風などにかかるリスクもあったろう。いずれにしろ、数日でどうにか傷は治まったが、傷口は醜く肉が盛り上がってしまった。

体の傷というのは、自分の体に刻まれた歴史とも言える。この右手の傷跡を見ると、30年前の夏を思い出すことがある。

今回30年ぶりに熊本を訪れたので、自分が滞在していたベース基地や実験した場所を探した。かすかに残る記憶を頼りに、車を走らせた。しかし、結局は見つけることはできなかった。おそらく、近いところまでは行っていただろう。見覚えのあるような景色もあった。

また熊本に来ることもあるだろう。自分のルーツの1つとも言えるかもしれない、熊本のベース基地はそのときにまた探してみたい。



長野マラソン2017 レトロスペクティブ

Sun, 30 Apr 2017 04:34:00 +0000

4/16(日)に参加した長野マラソンは自分にとって1年ぶりのフルマラソン参加であった。同じ長野マラソンで2015年にサブ4(4時間以内での完走)を達成したのを最後に、サブ4を実現できていなかったので、サブ4を目標に練習をしていたが、その目標は残念ながら達成できなかった。その振り返りをここでは行う。経緯まず、参考までにここ数年のマラソン歴を整理する。2015年春まで2011年のシーズンからフルマラソンに参加し始め、2012年に3度目のフルマラソンでサブ4を達成。その後、2015年4月の長野マラソンまでは1シーズンに4回から5回のフルマラソンに参加し、そのうち最低でも2回ほどはサブ4を達成できていた。例えば、2013年には11月始めの湘南国際マラソンとその3週間後のつくばマラソンの両方でサブ4を達成でき、3時間40分や可能ならば将来的にはサブ3.5を狙おうかとさえ考えることさえあった。それが転職する前後から練習量が減り、さらにはサブ4を連発していたことでマラソンを舐め始めており、走ってもサブ4を達成することが出来なくなっていた。あるときなど、前日深夜まで会食をし、挙げ句の果てには当日朝寝坊し、慌てて駆けつけたもののスタート時間に間に合わず出走を認められなかったことさえあった。前日深夜までの会食など、マラソンで命を落とすことさえあることを考えると、なんと危ない行為であったか。2016年秋から2015年のシーズン(2015年の秋から2016年春まで)の悲惨な結果や時折見かけるフルマラソンは必ずしも健康に良くないという報道などから弱気になり、ファンランに切り替えようかとか長くてもハーフマラソンまでの距離に留めようかなどと考えるようにもなったが、50代になりサブ4を実現できなくなったまま止めるのはあまりにも悔しいので、今シーズンはフルマラソンは長野マラソン一本にしぼり、練習を再開することとした。そうは言っても、練習時間がなかなかとれないこともあり、2016年中はおもにトレーニングの一環としてのハーフマラソンの参加に留まった。本格的に練習を再開したのは、2017年の1月下旬からだった。マラソン当日まで年明けから再開したトレーニング内容や当日までの過ごし方をここでは整理する。トレーニング内容MyAsicsにて、長野マラソンでサブ4を実現するトレーニングプランを作成し、基本的にはそれを忠実に実行した。個人で練習をしていると、のんべんだらりとただ回数を重ねるだけだったり、距離を走れば良いという幻想に陥りがちなのだが、このMyAsicsのおかげでメリハリのあるトレーニングを行うことが出来た。本番当日の3週間前に35kmをイーブンペースで走る予定が雨天のため実施できなかったこと以外は、すべて練習メニューをこなした。食事本番1週間前からはアルコールの摂取も控え、食事にも気を使った。前日もカーボローディングというほどではないが、炭水化物はしっかりととった。また、サプリメントでタンパク質やアミノ酸の補充も行った。前日前日の大会受付も早めに行い、あとはできるだけ体を動かさないようにした。食事も早めに消化の良いもの(馬肉うどん定食)を取り、早めに睡眠についた。睡眠導入剤が効いたのか、21時台には寝れたと記憶している。マラソン当日〜本番スタートまで当日は4時台に起床し、少しずつ食事を取る。上田に宿を取っていたので、5時[...]



Graphic Recorder ―議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書

Sun, 12 Feb 2017 23:30:00 +0000

frameborder="0" marginheight="0" marginwidth="0" scrolling="no" src="//rcm-fe.amazon-adsystem.com/e/cm?lt1=_blank&bc1=000000&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=seaa-22&o=9&p=8&l=as4&m=amazon&f=ifr&ref=as_ss_li_til&asins=4802510284&linkId=07be38084e0a4cbca05eaf242972fc02" style="height: 240px; width: 120px;">グラフィックレコーディングという言葉を聞いたことがあるだろうか。IT系のイベントや社会起業の集まりなどで良く見る、議論の内容をテキストだけでなく、親しみやすいグラフィックとともに整理する手法だ。実物を見てもらえば一目瞭然だろう。こちらは清水さん作。以前、Tedの動画を題材にしたNHKの「スーパープレゼンテーション」という番組の前後にハングアウトでパネルディスカッションを公開していたことがあったのだが、それをグラフィックレコーディングして頂いたものだ。本書にも掲載されている。NHKスーパープレゼンテーション | Tokyo Graphic Recorderですべて見ることができる。及川卓也さんの基調講演のグラフィックレコードも完成しました!後ほど、2号館5階の展示ブースに展示しますので、是非ご覧ください! #html5j_h pic.twitter.com/TCUPs70BFL— html5j (@html5j) 2015年1月25日この2つはどちらも和波 里翠さんグループによる作。テクノロジーにより社会課題解決を図るシビックテック団体であるCode for Japanのサミットの模様。私の中では、清水さんとこの和波さんが日本の中のグラフィックレコーディングの2大巨匠。この他にもGoogleで「グラフィックレコーディング」で画像検索すれば、山ほど出てくる。また、清水さんのサイト、Tokyo Graphic Recorder にもいくつも紹介されているし、以下のサイトにも詳しく解説がされている。グラフィックレコーディングの紹介だけでなく、練習法も書かれているので、よりイメージが湧くだろう。グラフィックレコーディングをやってみよう!ワークショップ 開催レポート〜「3つの筋肉」の鍛え方 : DeNA Creator(クリエイター) Blogグラフィックレコーディングの練習法と活用法 | webディレクターの阿呆な研究 このグラフィックレコーディングだが、レコーディング=記録であるとともに、議論を可視化するものだ。本書の中でも、グラフィックレコーディングの効果として「会議の最中で、対話の活性化を引き起こす」ことと「会議後に、第三者を巻き込む記録物になる」と書かれている。後者は想像つくと思うが、前者の効果もとても大きい。同じく議論活性化のためにグラフィックを用いる手法として、ファシリテーショングラフィック(グラフィックファシリテーション)というものがあるが、グラフィックレコーディングは議論の過程も含めての全体像を記録するという違いがあるらしい。本書を読むまで、曖昧にしか、その違いを説明できなかったが、本書ではそれも明快に説明されている。 frameborder="0" marginheight="0" marginwidth="0" scrolling="no" src="//rcm-fe.amazon-adsystem.com/e/cm?lt1=_blank&bc1=000000&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=seaa-22&o=9&p=8&l=as4&m=amazon&f=ifr&ref=as_ss_li_til&asins=4532312884&linkId=62969fe04275c068e6d01eec41bef38e" style="height: 240px; width: 120px;">そして、その会議の活性化だが、本書で書かれている3つのメリット、参加者がどう変わるかが、とてもわかりやすい。対個人への感情から、対議論への思考へ [...]



その「エンジニア採用」が不幸を生む ~良い人材を見つけ、活躍してもらうには何が必要か?

Sat, 04 Feb 2017 13:37:00 +0000

frameborder="0" marginheight="0" marginwidth="0" scrolling="no" src="//rcm-fe.amazon-adsystem.com/e/cm?lt1=_blank&bc1=000000&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=seaa-22&o=9&p=8&l=as4&m=amazon&f=ifr&ref=as_ss_li_til&asins=B01N0NQJ39&linkId=cb4e1cb1650ebb36cee4a98052666979" style="height: 240px; width: 120px;">

Google在籍時も、現職のスタートアップでも、技術者の採用には苦労している。正直、Googleでの苦労はぜいたくだったと思う。知名度は抜群で、多くのエンジニアの憧れの的だ。だが、高いハードルの元、Googleの基準に達する人はそう多くはない。優秀な人は現状でも魅力あるポジションでやりがいのある仕事についている。収入を含む待遇も悪くない。そのような人にどのようにして転職を考えてもらうかが悩みのタネだった。

現職はプログラマー向けサービスをやっているだけあり、知名度はある。業界で名のしれたエンジニアがいることもあり、Web系エンジニアからはそこそこ評価されているようだ。だが、採用には苦労している。応募も少なく、採用まで至る人はその中でもわずかだ。

私は自社以外のスタートアップの技術顧問やアドバイザーをやっている関係で、他社の状況も良くわかるのだが、どこも似たような状態だ。Facebookなどを見ると、結構な頻度で転職の報告がある。いったい、何故、私の関係する会社には彼らのような人は来ないのだろう。そんな風にも思いたくなるが、実際には業界全体で人不足というのが実情だ。

この その「エンジニア採用」が不幸を生む ~良い人材を見つけ、活躍してもらうには何が必要か?は、IT技術者の転職と企業側から見た求人の実情を解説した書籍だ。

さすがに自社や顧問をしている会社の採用に関わっている関係で、ここ1年くらいでIT技術者の転職・採用支援業界には詳しくなった。IT業界に長くいると気付いていなかったが、IT技術者の転職事情は他職種とはかなり違う。本書にも書いてあるが、他職種は年収と勤務先の希望があえば、他にはあまりこだわる条件は無い。だが、IT技術者はそこに技術が加わる。さらに問題を複雑にするのだが、この技術へのこだわりも、できる技術者は自分の力を活かせるところにこだわるのだが、自分の技術力に自信の無い技術者は自分の能力が通じるかという観点で、転職先を選ぶ。

本書は、企業でIT技術者の採用に携わっている人ならば、なんとなく知っていることが多いだろう。だが、それをわかりやすく文字化してくれているのはとてもありがたい。

ただし、いくつか違和感のある部分もある。おそらくそれは、筆者が広くIT技術者を捉えているのに対して、私はMicrosoftやGoogle、そしてネット系のスタートアップというかなり特殊な職務経験から、狭くIT技術者を捉えているところから来ている。例えば、筆者は本書の中で、エンジニアのキャリアパスとしてはマネージメントか事業会社のITマネージャーとしての転身を勧め、エンジニアとして極めていくことはほとんどの人には無理ではないかと言う。だが、私の周りには、それに憧れ、そのような職場を探す人もいる。私の感覚もそれに近い。しかし、それは私がかなりバイアスがかかっているからかもしれない。そして、それが正しいのならば、IT技術者の実態はこの書籍に書かれている通りなのだろう。

筆者と私とでは、同じIT業界でも歩んできた道が違うため、考えが違う部分がある。価値観もやや異なる。

しかし、いずれにしても、本書の最後に書かれた部分への思いは同じだ。

エンジニアが消えたら、この世から進歩はなくなります。
進歩の担い手は、かなり変わっているかもしれません。
その多様性を受け入れる努力を継続することで、より良い世の中になるのです。



Moving Ahead

Thu, 17 Nov 2016 21:28:00 +0000



Yesterday was one year anniversary as the Increments' employee (Increments is my current company).

Taking a look back on what I did in the past one year, though I can be proud of my achievements, I also must admit I could have done much better jobs.

As the first product manager, I introduced several PM methodologies like PRD (Product Requirements Document) as well as company-wide process including OKR (Objectives and Key Results). Now, we are using PRD for most projects and OKR has become the core of the company operations.

As the company is still small (i.e. only 20 employees in total as of Today), I also have worked with the management to accelerate hiring. Note that we are looking for passionate engineers! I have been also involved in many company management operations like strategy setting and PR.

In parallel with my company jobs, as an external adviser, I have been helping other startups for their product and engineering management.  Though I had took the similar adviser role even before leaving Google, that was just the high level advice based on the guesses or impressions from the outside observer.  However, now I have become the member of the inner-circle "startups", their situation is much like our situation.  What I have learned from them are the things we need to worry about in the future and also the ones I can also share with other startups.  To be honest, this is what I expected.  I'm glad that I can have such valuable experiences which I couldn't  experience before.

Like the adviser role, I have been working with those who are also interested in the product management in Japan to organize the PM community and host the very first product management conference in which more than 300 people joined.  I personally think PMs help Japan.  PM is one of core parts to make business or even country successful, I think.  I'm happy to know that there are so many folks are like me in Japan.

On the other hand, I must admit that I could have done better jobs.  What I produced as a PM in the past one year was too below than what I had expected.

I often recall what my friend said when I asked to give some advice on my resignation.

"Takuya, can you make bigger impact than what you could have done in Google?"

Now, I would say "Not yet".  I can hardly say "Yes", honestly speaking.

But, this was only one year.  This is just a beginning.

I am excited about what I can do in next one year and beyond.

Next year around the same time, please ask me "Have you made big impact?"
I promise that I can say "Yes" with confidence.

I'll keep working hard and smart to make our dreams come true.  I am looking forward to seeing our future.

Cheers,
Takuya Oikawa






【書籍レビュー】アダルトVRで、世界のセックスが変わる!

Tue, 23 Aug 2016 11:00:00 +0000

仮想現実(VR)が盛り上がっているが、正直、ゲームくらいしか用途が思いつかない。本格的なデバイスが高価なことを考えると、すぐの普及は難しいのではないかと思っている。

パソコンもゲームもビデオテープも普及にはアダルトコンテンツが一役買っていたことを考えると、アダルトもゲーム以上にVRのキラーコンテンツになるだろうと考えているのだが、同じことは当然多くの人が考えている。

今年6月に日本初のVRとアダルトの体験イベント「アキバVRフェスタ」が開催されたのだが、あまりの注目で開催後すぐに中止になってしまったらしい。

「アダルトVRフェスタ」、注目されすぎで開催中止、壮絶な混雑で列整理追いつかず…… - AKIBA PC Hotline!

そのイベントの主催者が書いたのが「アダルトVRで、世界のセックスが変わる!」だ。

frameborder="0" marginheight="0" marginwidth="0" scrolling="no" src="//rcm-fe.amazon-adsystem.com/e/cm?lt1=_blank&bc1=FFFFFF&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=seaa-22&o=9&p=8&l=as4&m=amazon&f=ifr&ref=as_ss_li_til&asins=B01ICUO1SG&linkId=e95ab370f95353d57f41f91588f645d2" style="height: 240px; width: 120px;">

Kindle Unlimitedに入っていたので読んだのだが、これは凄い。表紙やタイトルがひと目を憚られるのは覚悟していたが、内容もかなり凄い(アダルトという意味で)。通勤電車で読んでいるときでも、周りの人にショルダーハッキング(肩越しに中身を読まれていないか)されていないか気になるほど。ここまで真面目にエロを語るのは初めて見た(私が不勉強?なだけだと思うが)。

書籍の中でも書かれているが、VRコンテンツの制作にはコストがかかる。また、通常のコンテンツと異なるシナリオが必要だ。以前レーザーディスクの登場時にも、ユーザーの選択によりシナリオが変わっていくコンテンツがあったが、結局普及しなかった。VRとともにリアルな体験を得られるデバイス、そしてコンテンツのシナリオの3点が揃って初めて普及に至るだろう。

筆者も言っているように、VRでアダルトコンテンツが楽しめるようになったら、それはもう疑似体験ではなく、新たなリアル体験だ(言葉は慎むが、書籍の中ではもっとダイレクトな表現でそれを語っている)。それを入手したとき、人類は新たな進化を遂げるのかもしれない(かなり大げさ)。

参考: 【インタビュー】ついにベールを脱ぐDMMのVR、男の夢を叶えるコンテンツは現れるのか?

個人的には、ARやMRとの組み合わせも興味ある。



チェリー

Fri, 26 Feb 2016 13:34:00 +0000

千歳烏山駅を降りたところで、蹲(うずくま)っている若い女性を見つけた。声をかけてみるが、歩けそうにない。一緒にいる友人と相談し、取り敢えず病院に連れて行くことにした。

その夜、我々は車で軽井沢に行く予定だった。女性のことは友人に任せ、先に他のメンバーが待ついつもの喫茶店に向かった。

遅いなと思った頃、友人が戻ってきた。女性は妊娠していた。無事出産したそうだ。
もう30年も前のことになる。今なら、ただ助けただけの赤の他人に出産のことなど明かさないだろう。

その時の赤ん坊はもう30歳になるはずだ。久しぶりに千歳烏山のホームに降りたからか、急に当時のことを思い出した。

その夜、我々は予定より遅く出発した。件の友人は激しくショックを受けており、環八かどこかの大きな交差点で赤信号に気づかず、そのままつっこんだ。夜遅かったこともあり、奇跡的に事故にはならなかったが、肝を冷やした我々は強制的にドライバーを交代させた。

確か、この時の軽井沢行きは別荘に放置されていたチェリーを取りに行くためだった。当時の中古価格でも、数万円で買えるくらいボロボロのチェリー。車の中で、「このチェリー、俺たちが今聴いている聖子ちゃんのレコード代合計より安いんだぜ」と何度も笑いあった。
2016年2月24日のFacebook投稿から転載)



SHOGO HAMADA ON THE ROAD 2015“Journey of a Songwriter”

Wed, 09 Dec 2015 15:32:00 +0000

21歳の2月、僕は日光でアイススケートの合宿に参加していた。くじ運が悪かったため、大学の体育の授業がみんなから嫌われている合宿しか取れなかったためだ。

(image) (image)

オリンピック選手も練習するらしい立派なスケートリンクでは、その前年に発売された浜田省吾のアルバム「J.BOY」の曲がヘビロテのようにずっとかかっていた。AMERICA、BIG BOY BLUES、想い出のファイヤー・ストーム。

5日間の合宿中、他にかける音楽は無いのだろうかと思うほど浜田省吾一色だった。もしかしたら、担当者が熱狂的なファンだったのかもしれない。

(image) (image)

合宿から帰ってくると、自宅に父はいなかった。

約1年前から闘病中だった父は容体が悪化し、入院していた。この1年何度も父を送った病院に駆けつけてみると、意外にも父は元気そうだった。合宿のことを話したりしていて、少し安心して帰宅した次の日から父の容態は悪化し、その後1週間で帰らぬ人となった。

父は僕がバンド活動をするのをあまり快く思っていなかったので、あまり音楽の話をしたことは無い。だが、病院に向かう車の中で、カーステレオから流れてきた「A NEW STYLE WAR」を聞き、これは誰の曲だとだけ聞いてきたことがあった。


SHOGO HAMADA ON THE ROAD 2015“Journey of a Songwriter”は浜田省吾の3年振りのコンサートツアーだ。オリジナルアルバムを出した後のコンサートとしては10年振りらしい。

今夜のNHKホールのステージの上の彼はひたすらイカしてた。

最新アルバム「Journey of a Songwriter ~ 旅するソングライター(image) 」からの曲を中心に、初期の曲も混ぜて(まだツアー中なので、セトリなどは明かさないようにする)。僕が中学生の頃から変わらない。もちろんこの場合は良い意味だ。

昔憧れていたロックスターの今の姿は見るに耐えないことも多い。声が出なくなってしまっているシンガーもたくさんいる。だが、浜田省吾はまったく変わらない。31年前に横浜スタジアムで見て以来の彼がそこにいた。

最近でこそ走りながらイヤホンで音楽を聴くのをやめてしまったが、以前はマラソン大会でスタートのときや途中心砕けそうになったときには、「ON THE ROAD」をかけていた。「この道の彼方、約束されたはずの場所があると信じて行きたい。もう一度孤独に火を着けて」、そう彼が耳元で叫ぶ。

(image) (image)

もう一度孤独に火を着けて。

父の亡くなった年齢にまた近づく。

allowfullscreen="" frameborder="0" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/IIqi3YVC-Bg" width="560">

ちょうど個人的にも転機を迎えた今年に彼のライブに参加できたことは幸運だ。
迷っている暇なんか無い。選んだ道進む。
ムービースターじゃない。ロックスターでもない。
明日は今日よりも良い日になることを信じている。
I am a Father.
かつて夢見る少年だったこの俺も今ではFather.



Wallflower

Sun, 29 Nov 2015 15:25:00 +0000

パーティが嫌いだ。
こう言ってもあまり信じてもらえないのだが、人見知り激しく、いつも一人でぽつんとしている。耐えられなくなった時には失礼を承知で途中で帰ってしまう。

Diana KrallのWall Flower(image)

(image) (image)

これは夜に似合う。好きなアルコールとともに、部屋を暗くして。アルコールはワインかシングルモルトスコッチが似合う。

Alone Again (Naturally) を聴きながら涙し、Desperadoのようにたそがれる。

Alone Again (Naturally) はMichael Bubléとのデュオだが、彼の声も好きだ。つい今しがたまでヘッドホンで聴いていたのだが、二人の艶っぽい声が耳元に直接歌いかけているようだ。

すべて懐かしい、お馴染みの曲なのだが、歌詞を知っている曲ばかりではない。改めて歌詞を確認し、味わった。表題のWallflowerはBob Dylan作。シンプルだがBob Dylanっぽい歌詞。

(image) (image)

10ccのオリジナルが素晴らしすぎるI'm not in Love。Diana Krallのカバーもとても良い。そういえば、このアルバムはDavid Fosterがプロデューサーだった。なるほどと思う。艶っぽいのはそのためか。

それにしても、I'm not in Loveの歌詞は本当に酷い。曲の美しさとは裏腹。だからこそヒットしたのか。

このアルバムは今年の春にリリースされていたのだが、購入が遅れた。
しばらく聞き込みそう。

(image) (image)

パーティを中座して帰路につく。
また1人になった。
Alone again, naturally.

家に着いたら、Elvis CostelloのI Wanna be Lovedでも聴こう。



2015年のマラソンシーズン開始

Mon, 23 Nov 2015 02:42:00 +0000

マラソンシーズンというのが具体的にいつスタートして、いつ終了するのかは良くわからないが、私の場合は11月初旬のレースから4月の長野マラソンまでの期間なのがここ数年の恒例だ。

今年は湘南国際マラソンが12月開催に変更になったこともあり、11月最初の週にぐんまマラソンにエントリーしていた。しかし、まさかの寝坊でのDNS。もともとぐんまマラソンは走れても調整代わりでゆっくりと走るつもりだったので、もう1つエントリーしていたのが、昨日のつくばマラソン

昨年は湘南国際とつくばの両方にエントリーしていて、湘南国際がぎりぎりサブ4ならず(28秒足りなかった!)。だが、つくばマラソンは前日に長野県北部地震が発生した関係で、ほとんど眠れなかったため、惨敗。あまりに酷い記録(グロスで4:24:19。ネットは記録証を紛失してしまったため不明ですが、おそらく4:20くらい?)のため、走ったことをあまり言わなかったくらい。

一昨年に同じ2つの大会に出て、どちらもサブ4を実現したのが奇跡的だったんだろう。しかも、記録を確認してみると、その間に競馬Runという大井競馬場の馬場を走るレースにも出ている。この年は11月にいったいどれだけ走ったんだという感じ。

さて、前置きが長くなったが、今年のマラソンシーズン。ぐんまマラソンはDNSのため、昨日のつくばマラソンが本格的な最初のレースだったのだが、またしても惨敗。しかも、昨年よりも酷い。結果から先に言うと、ネットで4:43:22というものだった。あー、酷い。



前日イベントで疲労困憊だったというのはあるものの、正直、記録とかを狙おうとは毛頭思ってはいなかった。4時間15分から30分の間でロングランの練習にでもなれば良いと思っていた。

走り始めてからすぐにペースをあまりあげられないことには気づいた。最後歩きづくしになることは、走った後の精神的ダメージが大きいため、避けたい。そこで、最初から極力ペースを抑えた。どんなに速くても1kmを5分40秒超えない程度。

途中から1km6分くらいまで落とすこともあったが、最後の10kmでもしかしたら逆にペースをあげられるかもと思うくらい、比較的安定していた。しかし、25km過ぎから膝や腰が痛くなり、30km過ぎからはついに歩き始めてしまった。最後は早歩きも辛いほどに。途中、後からスタートした4時間半を目指すペースランナーに率いられた集団に抜かされた時には本当に悔しかった。

どうにか5時間は切れるタイムでゴールしたものの、敗北感一杯。

今年は転職したことなどもあって、まったく練習出来ていない。昨年もそんなに練習できなかった割に、後半の東京マラソンと長野マラソンでは両方ともサブ4は実現できたというのもあって、少し舐めていると思う。後半に向けて、もう一度練習計画などを見直し、忙しい中でも時間を確保しなければ。また、各トレーニングにちゃんと目的意識を持ち、何のため(心肺能力強化など)のトレーニングかを明確にしたい。

ところで、これまた惨敗(今回のつくばマラソン以上に)だったので、ほとんど誰にも話していないが、今年は9月のシルバーウィークにマウイマラソンに参加した。初の海外マラソンなのだが、これまた酷い結果だった。強い気持ちを取り戻せたら、ブログ記事にしてみたい。



僕の「天職」は7000人のキャラバンになった マイクロソフトを飛び出した社会起業家の成長物語

Fri, 30 Oct 2015 08:11:00 +0000

先週末、Unreasonable Labs Japanという社会起業家支援プログラムにメンターとして参加した。その際、どのように企業からの支援を求めるのが良いかを相談してきたチームに対して、一般企業のビジネスと同じようにMeasurableなGoalを設定し、定期的にTrackすることと、支援してくれる企業に対しそれをAccountableに示すことの重要性をお伝えしたのだが、話しながら、一冊の本を思い出し、それも紹介した。紹介した本はマイクロソフトでは出会えなかった天職 僕はこうして社会起業家になっただ。ルーム・トゥ・リードという途上国の子どもたちの識字率をあげる活動を立ち上げた元マイクロソフト社員、ジョン・ウッドの話なのだが、その方法がまさに企業で必要とされていたビジネスを成功に導く方法そのものなのだ。詳しくは以前書いたブログ記事を読んで欲しいが、Result Oriented(結果重視)やData Driven(データに基づく計画)など成長する企業が行っている手法を社会貢献(彼は慈善事業と呼ばれるのを嫌う)に活かしている。週末のイベントでは本の正確なタイトルを忘れてしまっていたので、Amazonで調べてから後日お知らせしたのだが、その時に続作が出ているのに気づいた。それが、この 僕の「天職」は7000人のキャラバンになった マイクロソフトを飛び出した社会起業家の成長物語だ。早速購入して読んでみた。前作では、ルーム・トゥ・リードを立ち上げるあたりまでについて書かれているが、本作はその後が書かれている。組織の成長と活動の拡大に伴う苦労やアフリカでの裏切り、自身のCEOからの卒業など、さまざまな展開があるが、書かれているテーマは一環している。社会貢献事業においても必要とされることは、数字を元にした計画と遂行、そして透過性のある説明責任というマイクロソフト(マイクロソフト以外の多くの企業でも同じだろう)で必要だったことと同じことがわかる。場面は変わったが前作と同じように、素早く判断し、時には見直し、前進していく姿が書かれる。ルーム・トゥ・リードの最初の活動は本がほとんど無い発展途上国の学校の図書館に本を寄付することなのだが、実は前作を読んだときに疑問に思っていたことがあった。それは寄付される本は現地語では無く英語であることが多いのではないかと想像されるのだが、それで果たして現地の子どもたちは読めるのだろうかと。この心配はあたっていた。ネパールで図書館を利用している子どもたちにアンケートを取ったところ、52%の子どもたちがネパール語の本があればもっと利用すると答えていたのだ。この結果を見て、ジョン達は自分たちに次のように問いかける。データを収集したら、目の前の厳しい現実を、感情も否定も交えずに見すえること。データと現実を照合して、データが自分に語りかけていることがどんな内容でも認めること。現地語の本があればもっと利用するという子どもたち。しかし、現地語の本をもっと購入すれば良いという単純な話ではない。予算は余っている。だが、そもそも現地語の子ども向けの本が存在しないのだ。彼らはこれを自分たちで現地語の児童書を出版[...]



ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション

Fri, 30 Oct 2015 05:33:00 +0000

今年の夏に急に映画が観たくなった。ひたすら単純に楽しめる娯楽作品を観たかったので、「ジュラシック・ワールド」を見たのだが、正直、「ジュラシック・パーク」から本当に20年以上経っているのかと思うほど、VFXの進化がわからない。いや、わかるのだが、私にそこまで映像に対するこだわりが無いので、感動が薄い。逆に言えば、それだけ20年前の第1作が凄かったのかもしれない。

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VFXの凄さは味わえなかったとなると、ストーリーに期待するところだが、こちらも第1作目からそう変わっていない。一種の予定調和、様式美の世界観だ。楽しめたことは楽しめたのだが、特に驚きも無いし、感動もない。

こんな感じで、なんか物足りなさを感じたので、翌日、リベンジ!とばかりに「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」を観た。今まで、トムクルーズが苦手で、シリーズのどれも観たことなかった。食わず嫌いはいけないと観たこれがとてつもなく良かった。

バイクシーンを始めとした息を呑むアクションに、次が読めないストーリー展開(変装のところは予想出来たという人も多いかもしれないが)。実は、睡眠不足もあって、開始早々寝かけたのだが、最初のアクションシーンから目が覚めて、それ以降はアクションとストーリー展開に釘付けとなった。

クールに適役ソロモンレーンを演じるショーンハリスの声がまた良い。機械的な声質は、こういうと本人に申し訳ないのだが、喉の病気をした後のラリーペイジを思い出した。レーンは狂っているが、今の狂った世界を別の価値観から見たならば、彼の論説も最もかもしれない。違う意味で狂っている(褒め言葉だ)ラリーペイジと声質が似ていたためか、そんなことも考えた。

この作品にやたら感動していたら、シリーズ全作を観た知人から、他の作品も勧められた。で、観たのが、「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル 」。Google Playでレンタルし、Chromecastで自宅テレビで観た(ステマじゃないよ)。

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観始めてわかったのだが、これは途中中途半端に観たことがあった。だが、そんなこと関係なく、これも面白い。確か、シリーズのどれか一作は勧めないと言っていたのだが、忘れてしまった。どれだったろうか。

去年、海外に行く飛行機の中で観た「007 スカイフォール」も良かったし、実はアクション映画好きなのかもしれない。007の次作も観てみようかと思った。



50代から始める知的生活術~「人生二毛作の生き方」

Wed, 28 Oct 2015 07:17:00 +0000

思考の整理学という本がある。1986年に書かれたので、もう約30年前の本なのだが、Amazonではいまだに ちくま文庫の書籍の中でもっとも売れている。いわゆるアイデア創出のための方法論、いまで言うライフハックのようなものが、読みやすい文体で書かれているものだ。著者の外山滋比古氏は、今でもたまにテレビに出演されることがあるが、今年で御年92歳! ボケなどはまったく感じさせない。この外山氏が今年出版されたのが、50代から始める知的生活術~「人生二毛作の生き方」だ。私は一時、自己啓発本を読みまくっていたときがあったのだが、ある時を境に一切読むのを止めた。書いてあることがほとんど同じだったり、結局自分が実践できなかったりというのが主な理由だったが、「20代にしておくべき…」、「30代の君に贈る…」、「40代までにしておくべき…」というタイトルの本が多くある中、年齢を重ねた自分がだんだんと対象読者で無くなっていくことを知らされるのが辛く、書店でも自己啓発本があるコーナーからは足が遠のくようになってしまった。なので、この50代から始める知的生活術~「人生二毛作の生き方」は久しぶりに読む、年齢をタイトルに入れた自己啓発本だ。タイトルに50代とあるが、30代でも40代でも役に立つ内容だ(もっとも対象は50代以上なので、若い人が読むと将来過ぎてピンと来ない話題も多いかもしれないが)。また、知的生活術と含まれているが、中に書かれているのは読書とか学習とかの話だけではない。資産形成術や人間関係への助言も溢れる。なにせ、92歳でピンピンしている人の話なので、やたら説得力がある。最近、2つの名刺を持てだとか貯蓄から投資へという話はあちこちで聞くが、この本でも述べられている。この本の凄いところは、それが50年前など、普通はそのようなことを考えないときに著者が行っていたことをもとにしているところだ。著者の半生記として読むだけでも楽しめる。忘却を是とする。人間関係には賞味期限がある。このような考えにも激しく首肯した。特に後者は中島義道(Wikipediaを見るよりも、書籍タイトルを見るほうがそのひねくれぶりはわかるだろう)を思わせるところが無くもないが、よりマイルドで、実践可能と感じさせる。本書を30代や40代にもお勧めすると書いたが、本を開いた途端に、50代以上を対象にしていることはすぐわかる。文字がとても大きいからだ。それが嫌では無ければ、お勧め。[...]



アデライン、100年目の恋

Tue, 27 Oct 2015 09:18:00 +0000

萩尾望都さんという漫画家がいる。今の若い人は知らないかもしれないが、彼女の「ポーの一族」という作品がとても好きだった。吸血鬼(バンパネラ)として生まれた少年とその周辺の人々を描いた作品だが、永遠に少年や少女である彼らに、いつまでも社会に出ずにいたいモラトリアムな自分が重なった。

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「ポーの一族」においても、年をとらない哀しみ、時代を超えて存在し続ける苦しみが描かれているが、同じテーマの映画が「アデライン、100年目の恋」だ。タイトルがすべてを語っているが、100年の生を得て、生き続ける女性の物語だ。



正直に言うと、ブレイクライブリーを見にいった。期待通り彼女はとても美しかった。彼女を見るためだけでも映画代のもとはとれるだろう。

だが、普通に年齢を重ねて生きていくという当たり前のことを素敵だと再確認させてくれるストーリーも悪くない。なんのひねりもない、想像通りの展開なのだが、全体を包む、哀しい美しさがすべてを許してしまう。美人は得だ。




また、舞台となったサンフランシスコもとても美しかった。自分の良く知っている街が美しく映画の中で取り上げられているのは嬉しい。

あまり上映している映画館が少なくないようだが、生きるのに疲れて美しいものを見たい人にはお勧め。



ロードバイク購入

Sat, 23 May 2015 23:37:00 +0000

ランニングシーズンも終わったし、何か他のスポーツをやろうかと考えていたが、ロードバイクに決めた。熱心に誘ってくれる人もいたし、ランニング以上に遠くまで好きなペースで移動できる自由さに惹かれた。

以前このブログでも書いたが、ランニングは観光地などを回るのにも向いている。車よりも自由にゆっくりと、歩くよりも速く多くの所を回ることができる。同じように、自宅から移動して、同じように街を見たりするのには、自転車も良いのではないかと考えた。

なので、ヒルクライムなどのレースに出るつもりは無い。今のところ。
ポタリングというらしいが、散歩感覚で使ってみたい。

購入したのは、CannondaleのCAAD8 Tiagra 6。フレームはカーボンが良いとかコンポはシマノの105が良いとか言われていたし、ちょっと奮発しちゃおうかなとか思っていたのだが、ショップの店員があまり上位モデルを薦めてこなかったのと、ゆっくり走る分にはほとんど差がないみたいなので、自分の体に一番あった、シマノ105のCAAD8 105 5や逆にシマノ SoraのCAAD8 Sora 7にしなかったのは単純に色の問題。これにした。ちなみに、デザイン的にはGIANT TCR 0が気に入っていた。

もっと本格的にやりたくなったら、買い換えることとしよう。(image)
昨日納車され、新宿から自宅まで乗って帰ってきた。最初は新宿の道路も車で溢れているし、ギアチェンジの方法が良くわからずもたついてしまった。やや慣れてから、今度はいろいろとシフトチェンジの実験をしすぎてチェーンを外してしまうアクシデントもあったが、それ以外には特に大きなトラブルも無く自宅まで着いた。約20kmの距離を1時間半ほどで移動できたことになる。途中に信号で停止した時間を考えると、平均的か。Runkeeperで記録を取ろうとしたのに忘れてしまったのが、少し悔やまれる。

帰宅してからも少し自宅の周りを走った。聞いていたとおり、尻が痛い。とても痛い。インナータイプのパンツを履いていたが、あまり効果が無い。いや、おそらく私のフォームが悪いのだろう。少し調べてみよう。

筋肉痛は少しある。ランニングとはまた違うところが疲労しているようだ。上半身、特に肩に筋肉痛があるのは意外だった。上半身の姿勢をキープするのに、想像以上に上半身の筋肉を使っているようだ。ランニングやたまにやる水泳をあわせると、全身をくまなく使っていることになるだろう。

これからウェアなどを揃えていきたい。楽しみ。



カナエール

Fri, 15 May 2015 00:25:00 +0000

ふとしたことからカナエールという活動を知った。

児童養護施設。

私の年代だと、この言葉からタイガーマスクを思い出してしまうのだが、もしかしたら数年前に相次いだ伊達直人名義の寄附行為などから、若い世代でもタイガーマスクを想起する人が多いのかもしれない。タイガーマスクこと伊達直人が支援していた児童養護施設は親のない子どもたちを支えていた。しかし、現代ではこの施設にいる子どもたちの親は健在なことが多い。私も知らなかったのだが、肉親による虐待によりこの施設に入っている子が大半だそうだ(児童養護施設に来る子どもたち | Bridge For Smile(ブリッジフォースマイル)

この肉親による虐待を始めとしたさまざまな理由で家庭環境が整わない子どもたちが暮らす児童養護施設を支援し、子どもたちの巣立ちを応援するNPOがブリッジフォースマイルだ。

このブリッジフォースマイルが行っているいくつかある支援活動の中で、カナエールは児童養護施設を退所した後、専門学校や大学等へ進学する子どもたちを支援する奨学金支援プログラムだ。

「児童養護施設を退所する若者の進学率は20%(全国平均75%)、進学先の中退率は30%(全国平均10%)」(「カナエールとは」より)という数字からわかるように、児童養護施設で暮らす子どもたちはそうでない子どもたちと比べて、教育の機会が著しく低くなっている。その理由のほとんどは教育資金の問題だ。仕事と勉強の両立は厳しく、頼る親戚もいない。

この問題を解決するために、夢や進学への思いを語るスピーチコンテストの出場を条件に、返済不要の奨学金を与えるのがカナエールだ。スピーチコンテストに挑戦する子どもたちをボランティアの大人3人がサポートし、チームとなってコンテストに挑む。子どものことをカナエルンジャー、大人たちのチームをエンパワーチームと呼ぶ。

このカナエールについてはサイト上に支援の形を含むさまざまな情報が掲載されており、実際の子どもたちの声も見ることができる。また、以下のようにコミック形式であったり、NHKのハートネットで特集されたときのテキスト版などもあるので、是非目を通してみて欲しい。


この子ども(カナエルンジャー)と大人たち(エンパワーチーム)で構成されるプロジェクトチームの作業を円滑に進めるためにITが欠かせないのだが、今年からChromebookが使われることになり、その縁で私も応援させてもらっている。その模様はカナエールのブログでも紹介していただいた(Chromebookとカナエールの挑戦 | カナエール 公式Webサイト)。キックオフや合宿などにも参加させていただいたが、夢を語る子どもとそれを叶えるために集まった大人たちの素敵な空間にたくさんの元気をもらっている。

このプロジェクトの本番となるスピーチコンテストが東京、横浜、福岡で行われる。

夢をもった子どもたちの夢をかなえるために、お時間のある人は是非聞きに行って欲しい。


東京:http://canayell2015t.peatix.com/
横浜:http://canayell2015y.peatix.com/
福岡:http://kokucheese.com/event/index/291584/





長野マラソン2015

Tue, 21 Apr 2015 22:44:00 +0000

今シーズン最後となるフルマラソンを日曜日に走ってきた。4年連続での出場となる長野マラソンだ。長野マラソンは、私の最初のフルマラソンとなるはずだった2011年の大会が震災の影響で中止となったり、2013年は雪の中での開催になるなど、いろいろと思い出がある。比較的平坦で走りやすいコース、(雪でなければ)良い気候、スムーズな大会運営、そして暖かい沿道の応援など、私の大好きなマラソン大会だ。今シーズンは全体的に練習不足で、今年2月の東京マラソンでぎりぎりサブ4を達成した以外は4時間を切ることが出来ず、今回も記録更新は難しそうに感じていた。10km以上走ったのが3月と4月でそれぞれ1回しかないなど、特にこの2ヶ月は走りこみ不足だった。それもあり、今回の目標は3時間56分か57分くらい。もし著しく調子が良いようだったら、記録更新(3時間55分切り)を狙おうかという感じで考えていた。暑くなりすぎるのではないかと心配した天気も逆に後半は少し雨が降り始めるくらい。コンディションとしては問題は無い。前半ややペースが速くなりすぎるのを抑え、30km過ぎくらいまでは快調に走れた。途中から左足膝が痛くなり始めたのが気になったが、走りに大きな影響を与えるほどではなかった。いつもだったら、ここで精神的な弱さが出て、「ペースを落としてもサブ4を達成できる」とか「35kmまで行ったら、少し歩いて後半のためにエネルギーを貯めよう」(そんなことは出来ない。一度、歩き始めたら、再び同じように走り始めるのはまず無理)とか考え始めてしまうのだが、今回はわざと累計経過時間や平均ペースをわからないようにしておいた。こうすれば、安心は出来ないので、歩くことは出来ないし、ペースも極度に落とすことは出来ない。この作戦が功を奏してか、35kmまでは5kmを27分から28分のペースで走れたのだが、35km以降にペースが大きく落ちてしまった。左膝だけでなく、両足とも筋肉が悲鳴をあげ、ペースを保てない。精神力で歩くことだけは避けられたが、もう最後はスロージョギング並のペースに。この表はEPSON NeoRuntからだが、35km以降のペースのガタ落ちが良く分かる。ちょうど35kmあたりでランスマの撮影らしい集団に抜かされた。多分、あれは金哲彦さんだったろう。声をかけようかと思う間もなく抜かされてしまった。残念。39kmあたりではサブ4を狙うペースランナーに抜かされた。500mほどこのペースランナーに引っ張られる集団に着いて行ったのだが、これも途中からは着いていけなくなり、あとはひたすら孤独にとぼとぼとスローペースで走る。救われたのが、長野マラソンを走るようになって知り合った地元の友人などの応援だ。彼らの応援がどれだけ励みになったことか。どこで応援しているかもわからないので、恥ずかしい姿を見せられない。最後、スタジアムに入るときに、4時間まであと2分というMCの声が聞こえた。最初はグロスでのサブ4は考えていなかったのだが、なんか間に合いそうだと思い始める[...]



シューズのサイズ と 「ランニングの作法 ゼロからフルマラソン完走を目指す75の知恵」の感想

Tue, 24 Feb 2015 13:46:00 +0000

しつこく東京マラソンのネタが続くが、東京マラソン出走前に実はひとつ気になることがあった。それがランニングシューズのサイズだ。実は、ここ数回の大会では常にシューズのサイズミスマッチに悩まされていた。一昨年の秋から冬のシーズンでは足囲(ワイズ)が狭いものを選んでしまっており、その後、買い替えたものも、そちらも何かしっくりこなかった。実際、レース後には常に爪が内出血を起こしてしまい(爪下血腫)、しばらくして爪が剥がれるという事態に陥っていた。昨年の湘南国際マラソンまではadidas adizero takumiを愛用していたのだが、やはりこれは自分には合っていないと思い、以前に使っていたアシックスのに変更したのが、昨年のつくばマラソンの直前だ(購入したのはTARTHER JAPAN)。つくばマラソンは準備不足で結果が今ひとつだったのだが、シューズは久しぶりに合っているように感じていた。しかし、東京マラソンEXPOでアシックスのコーナーで足のサイズを測ってもらったところ、衝撃の事実が判明する。右と左で微妙にサイズが違うのだが、右足は26.5cmであった。これはシューズのサイズとしては27.5cmか27cmになるという。私のシューズは26.5cmだとアシックスのスタッフに伝えたら、それは小さすぎるはずだと言われた。しかし、もうそんな直前で買い換えるわけにはいかない。そのため、シューズに不安を抱えたまま東京マラソンに出場した。知ってしまったからというのもあるかもしれないが、シューズが窮屈に感じる。30km過ぎからは爪先あたりが微妙に痛くなった。レース終盤は昨日のブログに書いたように、右膝の痛みのほうが大きかったので、爪先の痛みは忘れていた。しかし、ゴールしてからは逆に爪先や親指の付け根あたりが痛み、歩くのも苦労するほどに。実は、東京マラソンの3週間くらい前に、AmazonのタイムセールでKindle版が安かったからという理由で購入した「ランニングの作法 ゼロからフルマラソン完走を目指す75の知恵 」にもサイズにあったシューズを選択することの重要性は書かれていた。書籍では、特にショップでサイズをきちんと計測する必要性と試し履きを正しい方法について書かれており、次回シューズを買うときには言われたとおりにしようとは思っていたところだった。結果論になるが、3週間前であれば、まだ大会に間に合っただろう。あの時に買っておけばと後悔してももう手遅れだが。東京マラソンEXPOのアシックスブースで計測したデータはまだ手元にあるので、今回こそは本当に自分にあったサイズのシューズを購入しようと考えている。また、TARTHER JAPANは少し私には早過ぎるようだ。もう少し安定性を確保したモデルにするつもりだ。今週末にでもアシックスショップに行こうかと思っている。で、タイムセールで安かったからという理由でKindle版を購入した「ランニングの作法 ゼロからフルマラソン完走を目指す75の知恵 」だが、内容は他の類似書籍などで読んだこ[...]



東京マラソン2015結果

Mon, 23 Feb 2015 15:35:00 +0000

念願の東京マラソンを昨日走ってきた。心配だった天気も、スタート時点でこそ雨が少しぱらついていたが、それ以降は実質まったく降られなかったと言っても良いくらいだった。暑すぎず、寒すぎず、むしろマラソンにはベストの天候だった。品川で折り返してから第一京浜の上りで強い逆風が吹くのではないかと覚悟していたが、それも無く、本当に快適だった。それもあってか、結果は3時間59分37秒。目標だったサブ4はぎりぎり達成。自己記録は3時間55分なのだが、今回はレース前に風邪をひいてしまい、あまり走れなかったことなども考え、自己記録更新ではなく、今シーズン初となるサブ4を狙いにいっていた。ここしばらくはネガティブスプリット(「マラソンは「ネガティブスプリット」で30分速くなる!」書評参照)を達成することにこだわっていたが、東京マラソンのコースは前半に下りが続き、後半に上りがある。そのため、ある程度前半にペースが速くなり、後半に落ちるのは覚悟することとした。(アシックスのサイトより)本番でもほぼ計画通りにペース配分出来た。沿道で応援してくれていた友人たちにペース配分表を共有していたのだが、ほぼその通りにトレースしていたと言ってくれた。誤算だったのは、RunKeeperというスマートフォンアプリが途中でGPSの捕捉に失敗したことだ。実際の距離とRunKeeperが言う距離がずれていることに気づいたのが、15kmを過ぎたあたりだったのだが、終わってからRunKeeperのログを見ると、第一京浜に入る前あたりでGPSを捕捉出来なかったようだ。都心でビルの谷間などに入ると、GPSを補足しにくくなることを考えると、これは覚悟しておくべき事態だった。いずれにしろ、それに気づいてからは、手元の時計(EPSONのWristable Watch)でペース配分を確認した。しかし、これまた準備不足と言われたら返す言葉も無いのだが、時計はリアルタイムでの確認時点でのペースを確認するつもりでしかいなかったため、RunKeeperで確認しようと思っていた累計の平均ペース確認を行う方法がわからず、また友人には渡していたにも関わらず、その肝心のペース配分表を持参するのを忘れていた(ペース配分表は2013年の湘南国際マラソンでの例を参照)。そのため、実は途中から自分の正確なペースがわからないで走っていた状態だった。RunKeeperが頼りにならないとわかってからしばらくは、時計などの情報から、前半に予定よりもペースをあげすぎていたので、かなりペースを抑えないといけないと判断した。その判断は間違っていなかったのだが、どうやら逆にペースを抑えすぎてしまっていたようだ。RunKeeperの言うペースに少し水増ししたり、時計が表示するペースから判断はしていたのだが、なんか怪しいと気づいたのが、37km過ぎ。残り5kmを切るかというあたりで、3時間28分をすでに経過しているというの気づいた。このままではサブ4達成は難しい。実は、その時点までは結構余裕でサブ4を達[...]



東京マラソン前日

Sat, 21 Feb 2015 12:34:00 +0000

苦節4年、ついに東京マラソンを走ることが出来る。2012年から挑戦し続けていたが、やっと当選した。昨日深酒をしてしまい、今日は二日酔いで過ごしてしまったが、昨日は東京マラソンより大事なイベントだったのだから仕方ない。それより天気が悪いようだ。現段階での予報は曇のち雨。風も強いようだ。雨女/雨男の参加者を恨む。東京マラソンのランナー受け付けは前日である今日までにゴールである東京ビッグサイトで済ませておかなければいけない。私は初日の木曜日に行ってきた(写真)。東京マラソンEXPOも併設。長野マラソンなどでも受け付け会場での物販などがあるが、東京マラソンEXPOは半端ない規模だった。受け付けを済ませた後のコーナーに、コース図を模したパネルがあった。少し人だかりができていた。遠くからではわからなかったが参加ランナー全員の名前が書かれていた。絵馬(紙製)で完走を祈願。今年初めのブログでも書いたが、自分の恥ずかしい姿を晒したくないという気持ちが特に30km以降に心を折らずに走り続ける技術かもしれないと思う。明日の東京マラソンでも、昨年の湘南国際マラソンで私が使ったものと同じように、10kmごとの通過時間を自動的に自分のソーシャルに投稿してくれるというSOCIAL_MARATHON TOKYO 2015があったので、早速エントリーした。私のFacebookのタイムラインに通過時間が投稿されるので、後半歩いたりすると、ばればれだ。また、東京での開催ということもあって、沿道で応援してくれる友人もいる。明日はとにかく歩かないように頑張ろう。[...]



中森明菜 〜アーティストが他アーティストの楽曲をカバーするということ〜

Sun, 15 Feb 2015 13:42:00 +0000

「え、大丈夫?」中森明菜の全盛期を知らない彼女は不安そうな眼差しを私に向けた。昨年末のNHK紅白歌合戦で中森明菜がニューヨークから出演した時のことだ。聞き取れないほどの小さい声で、意味不明な挨拶をし始めたのを聞いて、私でさえ森光子以来の放送事故かと思ったほどだ。だが、中森明菜が歌い始めると、今度は別の意味で彼女は驚く。「おんなじ人だよね」中森明菜が復活した瞬間だった。Rojo -Tierra- (初回限定盤)(DVD付)思えば、私と同い年であるにも関わらず、中森明菜の楽曲をまともに聴いたことが無い。スカした中高生だった私はアイドルなるものを全否定していて、同級生が中森明菜や松田聖子、河合奈保子といったアイドルの話をしていても、そこに加わることは無かった。だが、同時代を生きるというのはこういう状況のことを言うのだろう。ヒットした曲のほとんどは歌えるし、その時代の出来事がすぐに思い浮かぶ。昔なら考えられなかったことだが、中森明菜の紅白歌合戦の出演を見た後、すぐに彼女のCDを予約した。紅白歌合戦でも歌ったRojo -Tierra-と今回の復帰前の中森明菜の活動の中心だったというカバー曲集の新盤である歌姫4 -My Eggs Benedict-。発売開始してすぐに、CDが届く。Rojo -Tierra-は紅白でも聴いていたので、歌姫4から聴いてみた。だが、これはどうにもいただけない。完全に個人の趣味の話だが、彼女には他人の楽曲のカバーは合っていないのではないだろうか。もともと声量があるほうではない。音域も狭い。CDだったらいくらでも制作時に変化を付けることも出来るだろうが、あえて彼女のこの特徴を活かすようにしている。私はそれが裏目に出ているように聴こえる。1曲目のスタンダード・ナンバーは南佳孝の名曲で薬師丸ひろ子もメインテーマというタイトルで歌ったもの。男性の楽曲を女性がカバーするというのは面白いのだが、すでに薬師丸ひろ子が歌ってしまっているイメージが残っているし、アレンジはオリジナルの南佳孝のに近く、中森明菜としての色が出せていない。2曲目の真夜中のドア〜stay with meは亡くなった松原みきのカバー。ラテンな感じのアレンジだが、ラテンアレンジだと同じく亡くなった松岡直也のミ・アモーレを思い出してしまい、酷なようだが、それとの差が歴然としてしまう。きりがないので、もうやめるが、6曲目の愛のうたのアレンジなどはまったくいただけないと思う。と、このように、個人的には極めて残念な感じなカバーアルバムなのであるが、それは中森明菜という重さが、元の楽曲に違う息吹を与えるというカバーに対しての極めてカジュアルな音楽の楽しみ方とマッチしていないからなのかもしれない。それとは対照的にオリジナルのRojo -Tierra-は中森明菜らしさが良く出ている。浅倉大介と鳥山雄司による現代的なアレンジも素晴らしい。こう考えると、中森明菜は何故カバーを歌うのだろう。それは[...]



ルーツ

Thu, 22 Jan 2015 13:02:00 +0000


2011年の震災以降、宮城県や岩手県に行くようになった。

実は、福島県には震災前から会津大学での講演などがあったので、訪問したことがあったのだが、それより北には足を踏み入れたことがまったく無かった。

震災からもうすぐ4年となるが、石巻市には何度も伺った。宮城県だと、他に女川町、南三陸町、そして岩手県は釜石市や陸前高田市、一関市、それと観光で平泉などを訪れた。

驚いたのが、宮城県北部から岩手県南部にかけての沿岸部に「及川」が多いことだ。南三陸町でお話を伺ったときなどは3人連続して及川さんが出てきてびっくりした。

父と母が東北出身で、親戚が岩手にいることは聞いていた。少なからぬ枚数の年賀状が花巻から来ていた。だが、その親戚を訪れることもないまま父は他界し、母も病気になってしまった。

そんなとき、母の家から父の学生時代の卒業証書が出てきた。尋常小学校と高等学校。調べてみると、高校は今の花巻北高等学校のようだ。文武両道の厳しい学校(だった?)とか。父の厳しさはそこから来たのか。

家の家紋が笹竜胆だったことから、勝手に清和源氏に由来があるのかと思っていたが、そんなにはずれてはいないらしい。Wikipedia情報(http://ja.wikipedia.org/wiki/及川氏)だが、出典が書かれていないので、詳しいことは不明だ。だが、これを信じるならば、全国の及川の53%が岩手県もしくは宮城県に、13%が北海道に、7%が神奈川県に、同じく7%が東京都に、6%が千葉県に住んでいるという。南三陸町でたくさんの及川さんに会うはずだ。

こんなことを調べていたら、もっと名前についての由来に興味が出て、「日本人の苗字―三〇万姓の調査から見えたこと (光文社新書)」を買ってしまった。歴史をたどる形でさまざまな苗字の由来を紹介する。

日本人の苗字―三〇万姓の調査から見えたこと (光文社新書)
(image) (image)

結果から言うと、及川のことにはこの本では触れていなかった(それくらい前もって調べてから買えば良かったと言われても仕方ない)。だが、それを抜きにしても、いろいろと名前のことがわかって面白い。

例えば、源という苗字は嵯峨天皇が皇子を臣籍に降下・分家させる際につけた名前だそうであるが、そんなことをしなければいけない理由は、なんと50人も子どもがいて、とても全員を皇統に残すことが(皇室の維持費などを考えても)できなかったからという。ちなみに、50人の子どもを産んだのは、29名の配偶者たちだという。これまたびっくり。

さらには土地に由来する苗字もあれば、逆に使用が制限された苗字もある。歴史の見方がまた変わりそうだ。

先日、仙台で飲んだ時、そこの店のマスターが名前に詳しかった。今度、人に会うときには、前もって、その人の苗字の由来を調べてみようかとも思った。人にそれぞれ歴史あり。



2014年4月〜2015年1月のマラソン結果(長野マラソン、湘南国際マラソン、つくばマラソン、千葉マリンマラソン)

Sun, 18 Jan 2015 13:20:00 +0000

マラソンの結果をしばらく公開するのを忘れていた。昨シーズン(昨年春までを昨シーズンとしよう)は長野マラソンで自己記録を更新し、気持良く終わらせることが出来た。一昨年の同じ大会は、4月にしては珍しい雪となり、不満足な結果となってしまったのだが、昨年は天気にも恵まれ、ネットで3時間55分17秒という記録を出すことが出来た。17秒どっかで短縮すれば、初の3時間55分切りが実現出来たので、若干悔しさも残ったが。その後、11月に一昨年に引き続き、湘南国際マラソンとつくばマラソンを走った。1ヶ月にフルマラソンを2つも走るというのは普通でないが、一昨年に同じようにこの2つの大会でどちらもネットでサブ4を実現出来ていたので、今回もどうにかなるかと思ったのだが、それが甘かった。2013年の湘南国際マラソンの結果のブログ2013年のつくばマラソンの結果のブログ湘南国際マラソンは、ネットで4時間28秒とほぼサブ4だったので、まだ良かったが、つくばマラソンはあまりのショックに完走証をどっかに無くしてしまったほどひどかった(記録としてはグロスで4時間24分19秒だった)。最初から足が重かった。そりゃ、3週間前にフルマラソンを走っているので当たり前か(一昨年が例外的に良かったと考えるべき)。当初はネガティブスプリット(後半にペースを上げていく走法)を実現し、ちょうどサブ4になるくらいを考えていたのだが、途中からペースをあげるどころか、歩かないように努力するのがやっと。もうサブ4は無理だとわかった途端に、モチベーションが続かず、最後は無理して怪我するのは避けないといけないからと自分に言い訳しながら歩きまくってしまい、なんとも後味の悪いレースになってしまった。マラソンは「ネガティブスプリット」で30分速くなる! (ソフトバンク新書)吉岡 利貢 関連商品毎日長い距離を走らなくてもマラソンは速くなる! 月間たった80㎞で2時間46分! 超効率的トレーニング法 (ソフトバンク新書)30キロ過ぎで一番速く走るマラソン サブ4・サブ3を達成する練習法 (角川SSC新書)マラソンはゆっくり走れば3時間を切れる! 49歳のおじさん、2度目のマラソンで2時間58分38秒 (ソフトバンク新書)非常識マラソンマネジメント レース直前24時間で30分速くなる! (ソフトバンク新書)非常識マラソンメソッド ヘビースモーカーの元キャバ嬢がたった9ヵ月で3時間13分! (ソフトバンク新書) by G-Tools(本ブログでの記事 → 玲瓏: マラソンは「ネガティブスプリット」で30分速くなる!)長野マラソンと湘南国際マラソンの成功(2013年の湘南国際マラソンは、前年よりも記録は悪かったとはいえ、練習が不足していたわりには悪くないタイムだった)は後半の粘りがあったおかげだ。綺麗なネガティブスプリットには程遠いが、大きく落ち込んでいない。これを実現するためには、前半を我慢しな[...]



神戸在住

Sat, 17 Jan 2015 14:34:00 +0000

昨年末に関西を旅行した際、旅館で見たテレビで新春の映画特集をやっていた。年末年始に上映される映画の紹介がされていたのだが、放映していたのが神戸のサンテレビジョンだったこともあって、この「神戸在住」も紹介されていた。http://www.sun-tv.co.jp/kobe-zaiju「阪神・淡路大震災から20年・・・。震災を知らない女子大生たちが織りなす、神戸へのオマージュ。」と番組のサイトでは紹介されているのだが、その通り20才前後の女子大生が神戸を舞台に自らの生き方を模索するというストーリーだ。阪神・淡路大震災のことを正面から描いた映画ではないが、舞台が神戸ということもあり、震災が起きた土地として神戸が紹介される。震災20年を迎える本日、サンテレビジョンでドラマとして放映された。また劇場公開版の映画も兵庫を中心とした映画館でも上映されるというので、都内で唯一上映している渋谷に観に行ってきた。正直、映画としては微妙だった。見ているものに冷や汗をかかせかねない主人公たちの演技やわざとらしい台詞、現実離れした設定などが気になってしまった。神戸が関係無かったらおそらく見なかったろう。竹下景子や田中美里という脇役陣の演技になるたびに救われた思いをした。と、酷評してしまったが、20年前の震災を想起させる神戸の美しい今と20才前後の女子大生の人生への戸惑いが重なり合う展開自体は悪くない。震災の逸話が織り込まれたところでは思わず泣きそうになってしまった。隣にいた女性は神戸出身なのだろうか、彼女も泣いていた。「大丈夫だった? きつかったら、途中で出ていいよ。平気?」昨年末の関西旅行では、阪神・淡路大震災で得た教訓を後世に継承するために設立された「人と防災未来センター」も見学したのだが、そこの4階で1.17(阪神・淡路大震災が発生した日)を追体験する 「1.17シアター」を見終わり、次の「大震災ホール」に移ったとき、一緒のグループにいた若い女の子が友人にこう声をかけられていた。1.17シアターはテーマパークほどではないが、迫力のある音と映像で発災当時の状況を再現する。そのため、PTSD(心的外傷後ストレス障害)などの恐れがある人などを心配してであろう、具合が悪くなったら途中退出して良いことが冒頭に説明されていた。この女の子たちは誰だろう。最初は阪神・淡路の被災者かと思った。だが、神戸在住の主人公のような年齢の女の子たちだ。おそらくまだ生まれていなかったろう。親から話を聞いたりしているのだろうか。メリケンパークの一角に神戸港震災メモリアルパークという、震災当時の状況を保存している場所がある。当時はおそらくこの写真の奥にある高速道路も大きな被害を受けていたのだろう。神戸在住の中でも東遊園地にある「1.17希望の灯」に主人公たちが手を合わせるシーンがある。このよ[...]