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不確実な時代をクネクネ蛇行しながら道を切りひらく非線形型ブログ。人間の思考の形の変遷を探求することをライフワークに。



 



スタンツェ―西洋文化における言葉とイメージ/ジョルジョ・アガンベン

2018-02-07T21:51:57+09:00

ヨーロッパ中世というのは実におもしろい時代だと思う。そのことは1つ前の「中世の秋/ホイジンガ」でも紹介したが、今回紹介するジョルジョ・アガンベンが『スタンツェ―西洋文化における言葉とイメージ』で描く、中世の人々の思想世界もなかなか興味深い。例えば、「中世の心理学によれば、愛とは本質的に妄想的な過程であり、人間の内奥に映し出された似像をめぐるたえまない激情へと、想像力と記憶を巻きこむ」とアガンベンは書いている。場合によっては、中世において愛は病とさえ考えられている。「アモル・ヘ..




中世の秋/ホイジンガ

2018-01-31T22:17:11+09:00

そもそも人間はそう簡単に自分の外にある対象を自分の中に受けとめることができないのだろう。いま多くのことを理解しているつもりになっているとしても、それは歴史上多くの人たちが苦労を重ねて理解できるようにしたことを単に、その理解の結果を借用して自分で理解したかのようなつもりになっているだけのことだ。そうした積み重ねがまだ不十分であったヨーロッパ中世の人々は、いまよりはるかに少ない理解で、世界、社会で起こる様々な出来事を受け止めなくてはならなかったのである。その前提に立って中世の人々..




ファウスト/ゲーテ

2018-01-19T21:46:36+09:00

2018年、こちらのブログの書き始め。noteの方にも書き始めたので、年末年始そっちばかり更新していたせいもあって、気がつけばもう19日。noteのほうもよろしくです。→ Hiroki Tanahashi | noteさて、今年はゲーテの『ファウスト』からはじめていたい。昨年の最後の記事に書いた通り、2018年はゲーテについて考えてみようと思っている。なぜ、ゲーテなのか?まず、詩人、劇作家、小説家としてドイツを代表する文豪である一方、色彩論や生物形態学、地質学などの分野で自然..




科学と詩の結託(悪魔との契約としてのゲーテのアンチ・ディシプリナリーな思考姿勢)

2017-12-30T14:59:14+09:00

ゲーテの『ファウスト』を読み始めた。来年前半はゲーテについて、あらためてちゃんと知っていこうと思っているので、その第一歩。ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテに興味を持っているのは、彼が、詩人、劇作家、小説家という文学の人という側面をもつ一方、色彩論、形態学、生物学、地質学といった広範囲にわたる自然科学者としての側面をもっているからだ(もうひとつ政治家という面もあるが、そこは問わない)。そして、その両側面にまたがる功績を残したゲーテであるがゆえに、例えば、彼の色彩論研究から..




歴史の地震計:アビ・ヴァールブルク『ムネモシュネ・アトラス』論/田中純

2017-12-28T21:56:46+09:00

『歴史の地震計:アビ・ヴァールブルク『ムネモシュネ・アトラス』論』。読み終わってから、すでに2週間以上経ったが、読んでいるときから、絶対に紹介しておかなくていけないと思った一冊。そのくらい、この本の主人公、アビ・ヴァールブルクによる『ムネモシュネ・アトラス』という仕事の意味は、イメージと思考の関係を問い直す上で重要なものだと思うからだ。このイメージと思考の関係を問わずして、2017年は終われない。イコノロジー(図像解釈学)の祖として知られるドイツの文化史家アビ・ヴァールブルク..




イメージと思考を結びつける

2017-12-17T19:49:22+09:00

イメージと思考との関係について考えることが好きだ。言葉にならないものをイメージで表現するといったりする。もちろん、イメージを使えば言葉と異なる表現ができるのだけど、だからといって、イメージが表現しているものを言葉で説明することを怠ったりするのは、あまり好きじゃない。イメージを表現に使うにしても、その背後には思考があってほしい。とうぜん、それが言葉による思考である必要はないし、思考をイメージで表現するのではなく、イメージによる表現自体が思考であればいいのだけれど、そもそもの思考..




シェイクスピアの生ける芸術/ロザリー・L・コリー

2017-12-10T20:57:28+09:00

人はどれだけ自分自身で考え、行動しているのか。僕はそんなことを時折思い出したかのように、繰り返し考えている。ある意味では、その問いを発し続けることが、僕の人生の1つの大きなテーマであるようにさえ思う。でも、その問いはもうすこし正確にいうと、こうなる。「人の考えや行動に影響を与えているものはどんなものなのか、それはいつから、そのように影響しはじめたのか?」と。つまり、僕は人が自分で考え、自分で行動することなど端からないと思っているわけだ。僕の関心はむしろ、僕らは何によって考えさ..




バラバラに切り刻みこまれた言説が意味が空っぽの器をつくる

2017-12-02T23:38:03+09:00

物事を総合的な視点で見ようとせず、ディテールばかりを見て論じてしまうがゆえに、議論が空虚なものになることは少なくない。議論されている全体を理解できないがゆえ、自分で見えている断片だけを取り上げて、そこだけから全体の評価を行おうとしたりする会話が多くなればなるほど、議論は無意味なほうに進む。複数人の議論だけではなく、個人の思考においても、全体を見ずに、断片的に切り取った部分の集積だけで云々すると、訳のわからない妄想が生まれがちだ。もちろん、それをあえて文脈を外してスペキュラティ..




「いき」の構造/九鬼周造

2017-11-29T23:33:17+09:00

訳あって九鬼周造の『「いき」の構造』を読み返した。本というものは面白いもので、どんなタイミングで読むかによって印象が大きく変わる。今回はひとつ前で紹介したジョルジュ・バタイユの『エロティシズムの歴史』や『内的体験』、あるいは、シェイクスピアの『オセロー』や『アントニーとクレオパトラ』などを読んだばかりだったこともあって、ヨーロッパと日本における恋愛観や性の問題の捉え方、あるいは、自然観(人工観)の違いについて考えることができたように思う。この本のテーマは、江戸期に生まれた日本..




エロティシズムの歴史:呪われた部分 普遍経済論の試み 第2巻/ジョルジュ・バタイユ

2017-11-19T19:29:03+09:00

以前に紹介した本、『形象の力』の冒頭、エルネスト・グラッシはこんな謎めいた言葉を綴っている。人間であるぼくは火によって原生林の不気味さを破壊し、人間の場所を作り出すが、それは人間の実現した超越を享け合うゆえに、根源的に神聖な場所となる。これをぼくに許したのは、自然自身であり、ぼくは精神の、知の奇蹟の前に佇んでいるのだ。自然がぼくを欺瞞的に釈放し、ぼくは自然から身を遠ざけ、ぼくは想像もできない距離を闊歩し、歴史がぼくを介して自然を突っ切り始め、ふいにぼくは気がつくのである、目に..




征服され、欲望を感じて〈私〉は融解する

2017-11-19T01:14:10+09:00

難解で重苦しく、絶望的な暗さを響かせもする言葉に最近は惹かれたりする。あまりに明快で、わかりやすく、それゆえに何も告げていない言葉はむしろ不快すぎて目障りだ。明るく明解で合理的すぎる思考に魅力を感じないのは普段から変わらないが、それにしても、ここ1ヶ月くらいは普段にも増して、ドロドロとした粘着性をもった腐敗したような思考の外に遺棄されたようなものに臭いに引き寄せられる傾向がある。企図されたもの。明らかすぎる知識。わかりやすさについては、元よりまったく魅力を感じないし、かねてか..




集団を動かすもの - システム、コンセプト、非知的なもの

2017-11-04T01:54:55+09:00

人を動かすのにシステム以上に強力なもの、それは人が信じている概念(=コンセプト)であり、それを指し示す言葉なのだと思う。だから、システムに沿って受動的に動いてもらうより、何らかの概念を理解してもらい、その概念の存在を信じて受け入れてもらったほうが人は主体的に動くようになる。その概念があまりに当たり前になって普段は意識することもないくらいに自然なものになれば、その概念に関連した行動はもはや自動的なものにすらなるだろう。例えば、喫煙は他人の迷惑のかからない喫煙エリアで行うとか、性..




知っていることより大事なこと。それは新しいことを知ることができるということ。

2017-10-27T00:00:53+09:00

常々、思う。たくさん知識をもっていることより、もっと大事なことがあるって。もっと大事なこと。それは新しい知識をどんどん手に入れ、自分でそれを扱えるようになる能力をもつことだ。知らないことでも聞けば瞬く間に知っている状態に移っていける。その力さえあれば、いま、どれだけ知識を持ってるかはそんなに関係ない。だって、必要なときに必要なだけ一気に手に入れ、扱えるようになればいいのだから。そう。その意味ではどんどん手に入れ、それを扱えるようになる力にはスピードがともなっている必要がある。..




どこまで愛されているのかその限界を知りたいの

2017-10-23T23:53:36+09:00

誇張するなら、限界を超えて、いまだないものを創造するほどに誇張するべきなのかもしれない。クレオパトラ どこまで愛されているのかその限界を知りたいの。アントニー それならば新しい天、新しい地を見つけなければなるまい。シェイクスピア『アントニーとクレオパトラ』1幕1場14-17行シーザーなきあとのローマ帝国、三頭政治をしく3人の執政官のひとりアントニーこと、マルクス・アントニウスと、エジプト・プトレマイオス朝の女王クレオパトラが、ともに恋に身を滅していく様を描いたシェイクスピアの..




知識をもたない初心(うぶ)な者は機械的な形式にエモーションを操作される、恋愛においてさえも

2017-10-22T20:14:32+09:00

嗚呼、オセロー。何故、あなたはそんなに初心(うぶ)なのか?シェイクスピアの『オセロー』で、主人公であるオセローは愛する妻を、悪人イアーゴーに吹き込まれた妻の姦通というデマを信じて、愛するが故に殺害してしまう。その後、妻の姦通がまったくの嘘であったことに知って、みずからも自害するという悲劇なのだが、そもそも、主人公オセローに妻であるデズデモーナを愛を語らせ、姦通の疑いから激昂させ、そして殺人にまで至らせるのが、軍人であるオセローの恋愛に対する初心さであり、それゆえにソネットなど..